はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 91 [迷子のヒナ]

ヒナは空になった皿を脇へどけ、テーブルに飛び散ったパイの欠片をちびちび口に運んでいた。ジャスティンに振られたショックをコリンに悟られないように。

「もしかしてさ、いつもジャスティンと一緒に寝てるとか言わないよな?」コリンは身を乗り出して尋ねた。ヒナの答え次第で応戦する構えだ。

ヒナはコリンの鼻の頭のそばかすに目を留めた。ひとつふたつと数えながら、やっぱり嘘はつけないと、悔しさと共に言葉を吐きだした。

「言わない」いつもじゃないから。

ヒナはすっかり意気消沈してしまい、コリンと張り合う気力も失せてしまった。

「ああ、よかった。そうだよな」コリンは皮肉っぽい表情を浮かべ、椅子の背にゆったりともたれかかった。
リラックスした姿勢で軽く伸びをすると、今度はコリンが仕掛けた。

「僕は昨日、ジャスティンと一緒に寝たけどね」

な、な、なんだって?

ヒナは驚きのあまり一瞬声が出なかった。口をパクパクとさせ、コリンの言葉が頭をぐるぐると回る中、気を利かせたホームズがヒナの前に水を差し出した。

ヒナは無意識にグラスを手にし、それを一気に飲み干した。

「一緒に?」

「まあね」

「嘘……」

「嘘じゃないさ。エヴァンに訊いてみろよ」

「エヴィに?」

ヒナは首を巡らし、ホームズを探した。戸口の脇で気配を消して立っていたが、ヒナの要請を受けてエヴァンを呼びに部屋を出て行った。

間もなくして、エヴァンが急ぎ足でやって来た。

エヴァンの姿を見とめたヒナは、またしても椅子をはじき飛ばし、エヴァンに泣き縋るように抱き付いた。いまはエヴァンだけが頼りだとばかりに。

エヴァンは驚きもせず、ヒナの頭をよしよしと撫でた。

背後ではホームズが警告を兼ねて咳払いをひとつした。

「エヴィ、コリンの話は本当?ジュスはコリンと寝たの?」

エヴァンはそれとわからないように、鋭くコリンを睨みつけた。

「少々語弊があるようです。いたしかたなく同じ部屋に宿泊されただけですので」エヴァンは説明不足を補うように言葉を足した。「あの小さな宿屋には、部屋がふたつしかございませんでしたので、ひと部屋をわたしとウェインが、もうひと部屋を旦那様とコリン様がご使用になられただけです」

「でも、部屋の中で何をしてたかまでは知らないはずだけど?」コリンが澄まし顔で口を挟んだ。

何をしてたの!ヒナは心の中で叫んだ。

「何をしてたと言うんだ?」

エヴァンの怒気を含めた口調にコリンはわずかにたじろいだが、強気の姿勢を崩さなかった。

「教えない。それよりもさ、ジャスティンがあだ名で呼ばれるの嫌いだって知らないの?」コリンは意地悪げに目を細めた。

「え?」嘘だ。コリンは嘘ばっかり。ジュスは一度も嫌だなんて言ったことない。

ヒナは本当のことを知りたくてエヴァンを見上げた。
エヴァンは小さく首を振った。知らないという意味だ。
ヒナはエヴァンの向こうのホームズを見た。
ホームズは差し出がましいようですがと前置きをして「本当でございます」と答えた。

ヒナはショックのあまり蒼白い顔でその場にくずおれた。

つづく


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迷子のヒナ 92 [迷子のヒナ]

ついさっき気付いたことがひとつある。

それはこの屋敷の人間が、誰一人として嘘をつかないという事だ。だからこっちもヒナをやり込めるために嘘はつかなかった。

含みを持たせるだけで十分、ジャスティンを我が物顔でひとり占めするヒナに打撃を与えることが出来た。

だが、さして嬉しくもなかった。
肝心のジャスティンはジェームズとどこかへ消えた。
ヒナをやり込めたことに何の意味があるのかも分からない。

でも意味はちゃんとあるのだ。コリンは自分では気付いていないが、ヒナがジャスティンに甘える一方で、エヴァンにも色目を使っている事――もちろんコリン以外の誰もヒナが色目を使うなどと考えもしないのだが――に腹を立てている。だからこそ、コテンパンにやっつけてやりたくなったのだ。

「――ですが、お坊ちゃまは特別です」

唐突に執事が言葉を発した。さっきの『本当でございます』には続きがあったのだ。

途端にヒナが飛び上がって、得意げな顔をこちらへ向けた。

忌々しいやつ。コリンは歯ぎしりをした。

「エヴァン!部屋へ戻る」

憤然と立ち上がると、エヴァンにしがみついていたヒナがようやく離れ、席に戻った。椅子には座らず立ったままコリンを見て、「おやすみなさい。よい夜を」と一応の礼儀は守った。

コリンも紳士だ。

「そっちこそ」とやや喧嘩腰ではあるが返事をして、エヴァンを伴い食堂を出た。

新鮮な空気を求めて大きく息を吸い、不満と共に一気に吐き出した。

誰も彼も、ヒナ!ヒナ!ヒナ!

こっちは客だぞ。それなのにあの執事ときたら、何が『お坊ちゃまは特別です』だ!エヴァンに至っては、あの恐ろしい顔で睨みつけてきた。薄汚れた路地裏で出会っていたら、まず間違いなく腰を抜かしていただろう。

いつの間にか前を歩いていたエヴァンが、つと足を止め、振り返った。

廊下の灯りがエヴァンの傷跡をことさら恐ろしげに照らす。

「ヒナを刺激するなと言っただろう」エヴァンは詰問口調で言った。

「あいつがしつこいからだ」コリンは目を逸らさなかった。悪いのは僕じゃない。ヒナがジェームズを差し置いて、ジャスティンに馴れ馴れしくするから。いや、この際ジェームズは関係ない。あいつがジャスティンにしつこく迫っているのが問題なのだ。

「ヒナはしつこいんだ。だから余計な事を言って面倒を起こすな、と言っている」

コリンはカーッと頭に血が上った。なんで僕が注意されなきゃいけないんだよ。

「使用人のくせに、偉そうな口きくな。あいつにエヴィとか呼ばれて調子に乗ってさ――」

「調子にも乗るさ。ヒナが使用人の中であだ名で呼ぶのはわたしだけだからな」

なんなんだよっ!
ジャスティンにとってヒナは特別で、エヴァンにとってもそうだって言うのか。

「みんなあいつの味方して……」言葉が続かなかった。無表情のくせに嬉しそうなエヴァンを見ていると、目の奥がちりちりとし喉元がきゅっと痛んだ。

「ホームズの言った通り、ヒナは特別なんだ。気にする事はない」

エヴァンの手がぎこちなく伸びてきて、ヒナにしたよりも優しくコリンの頭を撫でた。

その時、学校を追い出されてからずっと張りつめていた神経の糸が、ようやくぷつりと切れた。
誰も自分の味方をしてくれない中で――もちろんジャスティンは退学になった理由に共感はしてくれたけど――コリンはエヴァンに抱きつき、思った。

これが欲しかったんだ。誰かの温もりが。

つづく


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迷子のヒナ 93 [迷子のヒナ]

エヴァンにとってコリンは、ヒナと同じで甘えたい盛りの子供でしかなかった。
柄にもなくコリンの慰め役を買って出たのは、コリンがヒナと張り合っても勝ち目がないという事を知っていたからだ。

それにヒナに頼りにされ、上機嫌だったから。

だが実際にコリンが甘えたのは、廊下で抱きついてきたほんの数秒だけで、部屋へ戻ってから下がっていいと言われるまでの約一時間、コリンが擦り寄って来ることは二度となかった。

やれやれ。これでやっと今日の仕事が終わったと客室を出て、わずか先のヒナの部屋のドアにちらりと目をやる。ヒナはもう部屋へ戻っているようだが、このあと旦那様の部屋へ行くのはまず間違いない。

そのことにコリンが気付かなければいいがとエヴァンは気遣いながら、二人の部屋から遠ざかって行った。

その頃、仕事だと言ってクラブへ避難したジャスティンとジェームズは、執務室で来週に決まったニコラ訪問について話し合っていた。

「誰を連れて行くかが問題だな」とジャスティンが思案顔で言った。

「人数は少なければ少ないほどいいだろうな。いくら使用人がニコに忠誠を誓っているとはいえ、どこから話が洩れるとも限らない」
ジェームズはそう言って、目の前にうず高く積まれた革の装丁を施した本を一冊手にした。鼻に近づけその匂いを嗅ぐ。自分がとてもいい場所、恵まれた場所にいるのだと実感させられる匂いだ。
紳士では決して無いジェームズが、そう思い込んでしまいそうな危険をはらむ香り。

これらすべて、ヒナのためにジャスティンが手に入れた本だ。困った事態になりそうなときに、これで釣ろうという作戦らしい。こういったせせこましい考えはあまりにジャスティンらしくない。が、相手がヒナならそれもアリだというものだ。

「ニコラはそのあだ名を喜ぶだろうな。しかもヒナが付けたとあっては」

ジャスティンの言葉で、ジェームズは自分がいかに無礼な発言をしているのかに気付いた。

「もちろん本人を目の前にして口にはしないよ。きちんとレディ・ウェントワースと呼ぶさ。けど、僕は行かない。こっちでいろいろやるべきことがあるんだ」ジェームズは本を元に戻した。

「行かないだと?俺にヒナの相手をひとりでしろというのか?」ジャスティンは冗談だろうと眉を吊り上げた。ニコラをニコと呼ぼうがどうしようが、来てもらわなければ困るといった風情だ。

「パーシヴァルを監視する必要がある」ジェームズはそっけなく言った。

「パーシヴァル?ああ、そうか忘れてた。あいつがちょっかいを出したおかげで、ヒナを奪われそうになっているんだったな」

ジャスティンの男らしい顔に怒りが湧きあがるのが見てとれた。本当にヒナを愛してしまったのだと、ジェームズは切ない思いに駆られた。

「それから、コリンの事も。わざわざジョナサンに楯突いてまで、あの子を一晩預かることもなかったんじゃないのか?追い返された使い走りが、戻ってひどく叱られただろうに」

コリンには兄は忙しくて明日の朝まで迎えに来られないと告げたが、それは嘘だった。コリンがバーンズ邸にやって来てすぐに、ジャスティンはコリンの兄に宛てた手紙を使い走りに届けさせた。ジョナサンの屋敷は、走れば五分と離れていない場所にある。そしてすぐさま迎えが来たのだが……。

「弟を迎えに来るのに、あんな下っ端の使用人をよこすか?それなら自分の足で戻って来いと手紙をよこすだけで十分だ。ついでに言うが、あの使い走りには、クビになったらうちに来るようにと言っておいたから、気にする事はない」

ジャスティンとジョナサンとの関係はわりと円満だと思っていたが、そうではなかったらしい。

「おかげでヒナは大暴れ……か」失笑するジェームズ。

「まったくだ!」ジャスティンは苦々しい顔で、ジェームズの呟きに同調した。

「でも、いかにも子供らしい一場面だったな」

言い合いの理由が一人の男を巡ってというのは、実に子供らしくないが……。

つづく


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迷子のヒナ 94 [迷子のヒナ]

ヒナは諦めが悪い。

ベッドに入って、目を閉じる。すぐにぱちっと開けて、それからベッドを出る。

それを何度か繰り返したあげく、とうとう行動に移した。

部屋を出て、ドアを後ろ手に静かに閉めると、ヒナは恋敵の眠る方向へサッと視線を走らせた。もしかすると眠っていないかもしれないと、警戒しながら、視線とは逆方向へ爪先立ちで一歩二歩とあとずさった。

それから前を向いて、一気に絨毯敷きの廊下を駆けて行く。角を曲がったところでいったん足を止め、止めていた息をゆっくりと吐き出す。来た道を振り返るような愚かなまねはしないのがヒナだ。慎重に歩を進め、目的地へ難なく辿り着いた。ジャスティンの部屋のドアに耳を当てて、中の様子を伺ったが、物音ひとつしない。

もう寝てしまったのだろうか?それとも部屋にいないのだろうか?

ヒナは鍵穴に向かって囁いた。

「ジュス?――いないの?」

返事はない。念の為にもう一度同じように囁くが、成果はなし。

でも諦めない。

ヒナはドアノブを回した。

奇跡か、鍵は掛かっておらず、ヒナは興奮気味にドアを押した。部屋の中は暗く、ベッドサイドに明かりがひとつあるだけだ。

昨日はすごく寂しかった。喋りたい事や聞きたい事も沢山ある。それなのに、ずっと一緒だと言ったくせに、こうやって放っておかれるのは耐えられない。

だから勝手にベッドに入ってやるんだ!

ドアを静かに閉めると、ヒナは猛然とベッドへと突き進んだ。そして飛び乗ろうとした瞬間、思いがけず身体が宙に浮いた。

ヒナは驚いて悲鳴を上げた。

だが大きな手に口元を覆われ、声は自分の体内に響いただけだった。

「泥棒ごっこか?それとも――キスでもして欲しくてここへ来たのかな?」

“キス!キス!“

ヒナはじたばたともがき、口を塞ぐジャスティンの手を振り解こうと躍起になった。

「ヒナ、手を離すぞ。大きな声を出すなよ。もし出したら、このまま部屋へ送り届けるからな」

ヒナはがむしゃらに頭を上下に振った。

絶対声は出さないから、早くキスしてっ!

ジャスティンが手を離した途端、ヒナは約束も忘れ声をあげた。

「キスして一緒に寝よ!」

ジャスティンが再びヒナの口を塞いだのは、言うまでもない。

つづく


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迷子のヒナ 95 [迷子のヒナ]

ヒナを落ち着かせるのは至難の業だ。

やっとのことで落ち着かせたかと思えば、今度はひどく落ち込んだ様子に変わってしまった。

ベッドの端にちょこんと腰かけ、いかにも拗ねていますと訴えかけるヒナの横に座り、ジャスティンは密かに眠気と戦っていた。

今朝からのことを思えば、この異常なまでの睡魔も頷けるというものだ。

「ねえ、ジュス……キスは?」至極遠慮がちにキスをねだるヒナ。

ジャスティンは思わず笑みを零した。

拗ねてはいても、それはそれ。貰えるものは貰おうという考えらしい。

「ん……」とヒナを抱き寄せ、唇に口づけた。

ヒナは納得か安堵か、溜息のような息を漏らし、決して受け身ではない口づけに興じた。

けれどもすぐに、ヒナは身を引いてしまった。よそよそしげに肩を竦め、こちらをちらりと見上げる。室内は暗くて、ヒナの正確な表情までは読み取れなかったが、何か言いたい事があるというのが伺えた。

ジャスティンはヒナの肩を抱いて、傍に寄せた。話し合うべきことは沢山ある。けれど、悲しい出来事の上にお互いが存在しているのだと思うと、ヒナに話を促すのも、自分から話を切り出すのも、いまは気が進まなかった。

「ねえ、ジュス――」ヒナが口火を切った。「昨日、コリンと寝たの?」

想像もしなかった話題だ。驚きから咄嗟に大きな声を出してしまい、ヒナに渋い顔を向けられた。

「どうして急に、そんなことを?」ジャスティンは動揺を悟られまいと、なるべく穏やかに尋ねた。

「コリンが言ってた。エヴィも」

証拠は挙がってるんだぞ、とでも言いたげな口調のヒナにジャスティンは思わず天を仰いだ。

ジャスティンはヒナを膝に抱え、その顔をよく見えるようにした。これから口にすることにショックを受けるだろうが、何らやましい事はないのだと証明するためだ。

「あいつが勝手にベッドに入って来て……いや、最初はちゃんと別々のベッドで眠っていたんだ。雷が怖いとかどうとか言うから仕方なくそのまま朝まで――でも、朝早かったからほんの数時間横になった程度だ」

なんて苦しい言い訳だ。自ら口にした言葉だが、あまりにも空々しく感じられた。嘘はひとつもないというのに。

「本当だったんだ……ヒナはひとりだったのに」ヒナは悲しげに顔を歪めたがそこで何か思い出したようで、あっと魅力的な唇をわずかに開いた。「ジュス、本ありがとう」

急に変わった話題にジャスティンはすぐさま飛びついた。

「気に入ったか?」

「うん、すごく。昨日は寂しくて、本と寝たの」

話しは逆戻り。

「今日は一緒だろう?」

「ずっと一緒でしょ」

「ああ、そうだったな」

せっかく和やかに笑い合い、このまま、この寝心地のいいベッドでヒナと一緒に眠れると思ったのだが、コリンが他にも余計な事を吹き込んでいたようで、ジャスティンの夜はもう少し長引きそうだった。

つづく


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迷子のヒナ 96 [迷子のヒナ]

翌日は雨だった。

窓ガラスをたたく雨粒の音を夢うつつで聞きながら、ヒナの身体は心地よい眠りから目覚める準備をしていた。
上掛けの中でもぞもぞと身じろぎをし、隣で眠るジャスティンに擦り寄った。

いつになくふわふわのジャスティン。
ヒナは訝しがりながらも、両足でジャスティンの身体を挟んだ。

やっぱりふわふわ。

さすがにおかしいと感じたヒナは目を開けて、自分が掴んでいるモノの正体を確認した。

まくらッ!

「ヒナ、さあ起きて。顔を洗って、着替えをするよ」

ダンッ!

ヒナは地団太を踏むように、上掛けを闇雲に蹴り飛ばした。

目の前に見える天井は、いつも見慣れた自分の部屋のもので、言わずもがな隣にはジャスティンはいない。

ヒナは飛び起きて、辺りを見回した。やっぱり自分の部屋だ!細かい模様の入った明るい色のカーテンは窓の両端に寄せられ、雨がしきりにガラスを伝い落ちている様子が目に映った。外は薄暗く、まるで空が機嫌を損ねているようで、ヒナの気分も沈んだ。

ダンは鏡台の横に水の張った器を置き、キビキビと衣裳部屋へ入って行った。

ヒナは自分の身体を見下ろし、寝間着を身につけていることに、微かな苛立ちを覚えた。ジャスティンが着せたことはまず間違いない。一緒に寝るとき、脱いでいたのだから。お互いの肌のぬくもりを感じ合い、身体の疼きもしくは渇望のようなものを抱きつつ、心地よい眠りに落ちたのを覚えている。

ヒナは特別だ、と言ってくれたジャスティン。

指摘されるまで、自分があだ名で呼ばれる事を苦手としていた事も忘れていたようだ。ヒナは得意になって、うとうとし始めていたジャスティンの耳元で、しつこいほどあだ名を呼び続けたのだった。

そうだ!ここでぐずぐずしていられない。
早く着替えて下へおりないと。コリンに先を越されてしまう。

ヒナは慌てて寝間着を脱ぎ捨て、ベッドから飛び降りた。鏡台まで跳ねるようにして行き、洗面ボウルの水を両手ですくった。肌に水が飛び散り、ヒナはひゃっと悲鳴を上げた。それでも急いで顔を洗い、横に置かれたタオルで顔をごしごしと拭き、上半身を横に傾げ鏡を覗き込んだ。

わぁー!頭が……。

「ヒナ、とにかく下穿きを身に着けて――」衣装を手に戻って来たダンはわずかに顔を赤らめ控えめな口調で言った。

ヒナは言われた通りにして、それからシャツに袖を通し、ズボンを穿き、ベストを着て、毎朝恒例の苦行にも耐えて身なりを整えると、自ら進んで鏡の前に腰を落ち着けた。

「ダン、いつもより綺麗にして」

まるで年頃の女の子のような注文にダンは苦笑しつつも、手早くそれをやってのけた。今朝のヒナ同様、髪の毛も大変聞き分けがよかった。

支度が終わったヒナは、鏡台に置かれた金時計を掴み、何かに追い立てられるようにして部屋を出て行った。

つづく


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迷子のヒナ 97 [迷子のヒナ]

ジャスティンは不機嫌そのものの顔で朝食の席に着き、ホームズが差し出したカップを手にした。

「眠れなかったようだな」
そう言いながら食堂に入ってきたジェームズは、ジャスティンとは違いよく眠れたようで、肌は艶々としいつも以上に血色がよかった。

ジェームズの悪戯に神経を逆撫でする物言いに、ジャスティンは忌々しげに顔を顰め特別濃いコーヒーを口に運んだ。

眠れるはずないだろう。

昨夜ヒナは、寝る段になっていつものように生まれたままの姿になった。それだけならまだしも、ぴったりと身体を密着させ、耳元で何度も『ジュス、ジュス』と囁きかけられ、いったいこれを誘惑と言わずしてなんというのだ!

いまの段階ではヒナには手を出さないと決めているジャスティンの決意はグラグラと揺らぎ、ヒナの身体を強く抱き、求めに応じてキスを繰り返したのは仕方のない事だ。

そのうちヒナは昂ったまま深淵へと落ちていったが、それは欲求を吐き出す術を知らなかっただけで、知っていれば、まず間違いなく二人は身体を重ね合わせていただろう。解釈のしようによっては、身体はずっと重なり合ったままだったが。

ジェームズがいつもの席に着いた。「ヒナはまだ?」と尋ねたのは嫌味の延長のようなもので、実際ヒナの登場を心待ちにしているわけでもないだろう。

「支度中だろう」と適当に答え、「今朝はコリンに席は譲らないのか?」と尋ねた。

「ああ、コリンならどうやら逃げ出したようだ」ジェームズは無頓着に言った。まるで、今日は雨だなと天気の話でもするように。

「逃げ出しただと?」
ジャスティンはコーヒーカップをテーブルに叩きつけた。

「お兄さんの事が相当怖いらしいね。エヴァンが手助けをしているようだけど、彼があの子供にのめり込まなきゃいいけど――君のように」ジェームズは口元だけに笑みを浮かべ、優雅な仕草で熱い紅茶を啜った。

今朝もジェームズの忌々しい口は達者なようで。
ジャスティンは時折、この屋敷の主人は自分ではなく、ジェームズの方ではないだろうかと思う時がある。仕事に関しても、ジェームズがいなければ万事うまくはいかないだろう。

「ジョナサンの事はこっちでうまくやったのに――ったく、エヴァンのやつ余計な事しやがって」ジャスティンは苛々と溜息を吐いた。いまは問題を増やしたくなかったからこそ、ジョナサンにコリンを預かっていることをすぐさま伝えたというのに。このままでは責任を追及されかねない。

「心配しなくても、エヴァンの行先は把握している。ついでに言うなら、ジョナサンの事も心配はいらない」

心配はいらないだと?
ジェームズはいったいどんな理由を持ってそんな事を口にしている?

まあ、理由などどうでもいい。結局は自分の知らない所でジェームズが万事うまくやるのだから。

ジャスティンが手元に置かれた新聞を手にしたとき、ヒナがバタバタと音を立てながら食堂へ駆け込んできた。

いつもどおりの騒がしい一日が始まった。

つづく


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迷子のヒナ 98 [迷子のヒナ]

バーンズ邸からそう遠くない、とある屋敷のとある寝室では、パーシヴァルが寝不足の目を擦りながら、従僕の差し出す銀のトレイの上の小さくたたまれた便箋に手を伸ばしていた。

指先で摘み上げて、匂いを嗅ぐ。

ジェームズの香りがした。

ふいに数日前の――正確には二日前の晩――屈辱にも似た感情が呼び起され、パーシヴァルは手紙を手にしたまま、再びベッドへ潜り込んだ。

内容など見なくても分かる。
手元にあった便箋に走り書きをして、適当にたたんだだけの手紙とも呼べない代物は、ジャスティンの帰宅を知らせるものに違いない。

知らせて欲しいとは言ったが、こんな何の配慮もない紙切れで報告を受けるとは予想もしなかった。だが、よくよく考えてみれば、ジェームズが知らせに来てくれるなどと思っていた方がおかしいのだ。ジェームズがうちへ来るはずがないではないか。

来たところでどんな顔して会えばいいのか見当もつかない。

質問へのご褒美だと、あの悪魔は実に素っ気ない冷たいキスをくれた。
そしてこの僕は、愚かにもその冷たいキスに全身が燃えるほど熱くなった。沸騰寸前の頭は腹立たしい事にぼうっとのぼせあがって、満足にキスひとつ返せなかった。ジェームズがキスをくれるなど予想していなかったとはいえ、この僕がだ!たかがキスだぞ!

気付いた時には時すでに遅し、ジェームズの唇は重なったとき同様素っ気なく離れていった。

おかげで二日も不眠状態だ。

パーシヴァルは起き上がって、手紙の内容を確認した。

ジャスティンが帰って来たいま、正式にバーンズ邸を訪問すべきだろう。ヒナに合わせてくれるかは微妙なところだが、それを拒む理由はジャスティンの方にはないはずだ。

だがこの雨だ。今日は日曜日だし、訪問は明日以降でも問題ないだろう。
けっして怖気づいているわけではない。

「カーク!」パーシヴァルは従僕を呼んだ。大した用事もないが、いつまでもだらだらとベッドで過ごすのは性に合わない。これがジェームズとなら話は別だが。

窓辺にいた従僕は、そんなに大きな声を出さずとも聞こえておりますとでも言いたげに「はい、旦那様」と気の抜けた返事をして、更には気乗りしない感じでこちらへやって来た。

まったく。無礼な男だ。

「熱い紅茶が飲みたい。言わずとも出てくると思ったが、ここでは酒場のように注文をしないと望みのものは出てこないのか?」

普段ならこんな嫌味は言わないのだが、なにせ気が立っている。いや、落ち込んでいるのか?とにかく気の利かない使用人を今すぐにクビにしたいほど、この状況に不満だという事だ。

かしこまりましたと一応の返事をして部屋を出て行った従僕が、ドアを閉める寸前、聞こえよがしに「酒場など行ったこともないでしょうに」と言い捨てたのを機に、パーシヴァルは今日中にこの屋敷の全使用人の入れ替えをすることを決意した。

つづく


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迷子のヒナ 99 [迷子のヒナ]

午後になり雨が上がると、ジャスティンはヒナを連れて珍しく外出した。
ヒナのはしゃぎっぷりは相当なもので、目的の場所へ辿り着くまで一度ならず馬車を止めざるをえなかった。

ジャスティンがヒナを落ち着かせる為に使った手はふたつ。

ひとつは、大人しくしていないと屋敷へ引き返すぞ、という陳腐な脅し。
ふたつめは、ヒナが身動き取れないよう膝に抱え、うるさい口を閉じるためにキスをするというもの。

もちろん効果があったのは――

「ねえ、ジュス、ここどこ?」すっかりおとなしくなったヒナは、ジャスティンの手を借りて馬車から降りながら、閉ざされた店のショーウインドウを眺めながら尋ねた。

よく磨かれたガラスの向こうには、流行の紳士用の帽子が飾られている。ステッキの柄も見える。そして店の奥から店主らしき小柄な男が急ぎ足でやって来るのが見えた。

「バーンズ様っ!いらっしゃると伺っていれば、店を開けておきましたのに。いいえ!それどころか、こちらからお伺い致しましたのに」店主は無礼をお許し下さいと言わんばかりの形相で店の外に出てきて、薄くなった頭頂部をしきりに撫でつけながら、あたふたとジャスティンとヒナを店内へ招じ入れた。

「休みの日に悪いな、テイラー。急に思い立ったんだ」

テイラーに非は一切ないと断言するような口調で応じ、ジャスティンはヒナを店主に紹介した。いちおう、遠い親戚ということにしたが、ヒナの容姿を見ればそうでない事は明らかだった。

「それで、今日は――ヒナ様のお帽子をお探しで?」テイラーはおよそ公爵家とは縁もゆかりもなさそうなヒナの巻き毛を、さも興味深げに見つめながら用向きを伺った。

「いや、この金時計に合うチェーンを探している。長さはあまりない方がいい」
ジャスティンはヒナの金時計をポケットから取り出した。

「ニコに貰ったの」ヒナが照れくさそうに言い足した。

「さようでございますか」とヒナに笑い掛けたテイラーの目が鋭く光ったのを、ジャスティンは見逃さなかった。むしろその瞬間を見るのがここ最近の楽しみになっているくらいだ。儲けのチャンスを逃さないのがこの男の特筆すべき才能で、ジャスティンはそこを気に入っていた。

まもなくしてテイラーは、ヒナの金時計にぴったりのチェーンを店の奥から探し出して来た。
ヒナは早速、ベストのボタンホールにチェーンの端を引っ掛け、金時計をポケットにしまった。これでヒナが大暴れしても、すぐになくしてしまうという事は防げるだろう。それでもニコ訪問までになくさない保証はないので、出掛けるまでは元通り仕舞っておくことになりそうだが。

その後ジャスティンはヒナのために帽子をいくつか買い求め――ヒナが被るとは思えなかったが――テイラーの店を後にした。

つづく


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迷子のヒナ 100 [迷子のヒナ]

ヒナと馬車に乗るのは、実に四ヶ月ぶりのことだった。

狭い箱の中でヒナと二人きりになるというのが、どんなに危険なものかすっかり忘れていた。しかも前回とは違い、ヒナはキスの味を覚えている。危険極まりない。

隣に座るヒナがずっずっとお尻を横へずらしながら寄って来た。

「ジュス、キスして」

ほらきた!
こっちがどれだけ自制心を働かせているのかも知らず、飴玉をせがむ子供の様にキスをせがむ。

ジャスティンは次の目的地までの所要時間が、多く見積もっても五分程度しかない事をかんがみて、「しない」とそっけなく答えた。

もちろん、ヒナがそれで引き下がるはずがない。

「さっきはした……」

ジャスティンは言葉に詰まった。さっきのアレに関して言えば、ヒナを大人しくさせるためとはいえ、少々やり過ぎた。

ヒナはジャスティンが口を噤んだのを見てとるや、非難の眼差しを向けなおも食い下がった。

「せっかく二人きりなのに……。ジュスはいつも忙しい忙しいって仕事ばっかり。ちっともかまってくれない」

ジャスティンは目を剥いた。どの口がそんな戯言を?ああ、その可愛らしく尖らせた口だ。

「いつも仕事を放り出してかまっているだろう?」ジャスティンはヒナを膝に抱えた。もうすぐ目的の場所へ着こうかというのに、誘惑に屈する自分があまりに愚かで思わず笑みが零れた。

「うそ」とヒナは弱弱しく口にしながらも、ジャスティンの唇が降りてくるのを待った。

ジャスティンの大きな手がヒナのやわらかな頬を包んだ。ヒナは期待に震え、そっと目を閉じた。そうすれば必ずジャスティンはキスをしてくれると知っていたから。

この小悪魔めっ!

ジャスティンは頭を傾げ、ヒナの唇にキスを落とした。その時ふいに感情の昂りが奔流となってジャスティンを襲った。

「ヒナ――」

愛している――と思わず口にしそうになり、慌ててキスを深めた。臆病な自分に苛立ちが募る。ヒナを愛している。そしてヒナに愛されたい。けどその一方で、ヒナはやはり自分たちがいる世界とは、別の世界で生きるべきだという思いを捨てきれないでいる。

ヒナではなく、小日向奏としての人生を生きるとき、自分の存在が障害になるなどあってはならない事だ。

いまならなんとかなる。
ヒナはちょっとのぼせあがっている程度、まだ軌道修正が可能だ。

そう思いながらも、ジャスティンはヒナとの切なくも熱いキスを止められなかった。

どうやらジャスティンの方は、軌道修正が不可能なようだ。

つづく


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